ずぼん ナイツ(15)現実にて






 携帯のアラームで飛び起きる。7:30分。よし、まだ間に合う。布団の上で伸びをして、カーテンを引く。朝の太陽がオレの精神に新しい一日をくれるぜ!オレは窓をあけた。もう暑くなってる。ちょっと湿った夏のにおい。東京の夏のにおいだ。


 「んっん〜♪今日はどっちにしようかな」


 壁にかかったミニスカートとスラックスを見比べて、オレはスカートをとった。絡まったスウェットは脚を振って脱ぎ捨てて、ぱぱっとスカートをはく。オレは今、現実世界で高校生をしている。なんでもワイズマンの奴は、ナイトピアを効率よく手に入れるためのうんたら計画を立ち上げたらしい。学校を創設して自分の好きなように生徒を洗脳、自分好みのナイトピアをゲット!ってやつらしい。さながらナイトピア牧場、みたいな?ま、現実はそううまくはいかねーがな。


 ガムテで封じられたままのダンボール箱でふさがれた玄関を背に、オレは窓の桟に足を乗せた。ここはボロめのアパートの7階。だけど別に怖がることなんかない。オレは飛べるからな。




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 「何故あんな古臭いアパートなんかに住んでいるんだ?マスターに申し上げればもっとよいところに住めるだろうに」
 「冗談よせよ!あいつの手を借りるのは最小限にしたいの!」


 オレより長い膝上のスカートをなびかせて、奴はあきれた、というようなジェスチャーをした。こいつ、オレのカノジョ、リアラ。カレシかもしれない。マスターっていうのはワイズマンのことだ。…こいつはオヤジに忠誠を誓ってるんで、そんな呼び方をするんだよな。あーむかつく。
 紺の地味〜なブレザーはこいつの赤黒の奇抜な頭に似合わない。ダブルのボタンも全部とめて禁欲的だし、いつものボトムレスっぽいエロカワ衣装を見慣れているオレとしては…。うーん、でも、案外イけるぜ?


 「…わたしの顔に何かついているのか?」


 しかもノーメイクだし。


 オレは今、三回折りプリーツスカートをゴムベルトでとめて、ベージュのベストをゆるーく着こなしている。プラス、ルーズソックス。いかにも女子高生のコスプレ、ってカンジ。もちろんメイクもばっちり。さっき飛びながらした。ちなみにリアラはノーメイクでもかわいい。チューしたい。
 夢と現実って本当に対極だよな〜。


 「電車をつかうのをやめたのは正解だっただろ?」
 「10分早く起きればいいだけだからな」
 「満員電車は酷かったからなぁ〜」
 「わたしたちが乗る駅だけ無人だったな…快速が停まるぐらいなのに」


 これはオヤジに頼んで人払いをしてもらったの。黙っておく。


 「リアラ」


 返事は待たない。ぷにゅ。


 「ば…ば…っっ!!」
 「おっ、はー!のチュウ。…まだだと思って」
 「誰かに見られたらどうする!」
 「アホかお前」


 ここは空だぜ?街はあんなに小さいのに!双眼鏡でも持った物好きなUFOサーチャーでもなきゃ、オレらに気づかねーよ!




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 今日も異常なし。ファーストレベルの現実での役割は、ヒトに近い外見を活かしてビジターのなかに溶け込み、彼らの弱みを探すことだ。
 といっても、オレたちは特に変形もしてない。適当にヒトの服を着てるだけだ。ミミだってそのまま。どうやらヒトっていうのは、見ているようで見ていないものがけっこうあるらしい。オレたちは外見のせいで目立ったことはない。外見のせいでは。


 「キャー!!ナイツー!!」


 グラウンドに歓声が響く。オレは放課後、サッカー部の選考試合に借り出されていた。ダチの助っ人だ。よしこっちこいこっちこい…そうだ、よこせ!


 「ナイツ!」
 「おし!」


 オレは跳んだ。足首をひねり、球をゴールめがけて撃った。前に立ちはだかる相手チーム数人の周りをついーって丸く縁取るようにボールは曲がって、余裕でゴール。相手チーム唖然。オレら万歳。ハイタッチ!
 ボールの軌跡あたりになにかがきらきら浮かんでら。ちょっと星出ちゃったけど、まあいいだろ。


 「ナイツ、サッカー部に入部する気はないのか?」
 「いやオレはバイトあるし、アイツの相手したいし」


 三階の窓からオレをじーっとみてるアイツを指差した。リアラはわかりやすくビクッと飛び上がって、ささっとそっぽを向いた。


 「頼むよ〜」


 適当に答えていると、別の部活の奴がオレに声をかけてきた。


 「次はまたバスケ部の助っ人に来てくれない?」
 「いいぜ」


 リアラにいいとこ見せたいけど、部活に入っちゃったら家賃払えなくなるからな。しょうがない。そんなことをつぶやきながらしつこいキャッチを軽くあしらう。「カノジョー、ちょっと話聞いてくれない?」どいつもこいつも同じようなセリフしか言わない。なーんちゃって。
 身体能力はごまかしにくいから、困るなあ、もう。あ、ヤバい。バイトのシフトが迫ってる。


 オレはリアラにメールを打った。


 <今夜そっちいっていい?>


 たいてい返事は返ってこない。アイツがメール打つの苦手だからだ。5文字打つのに一分かかる。でも<ダメだ>ぐらいは打てるだろ?レスがないのはOKの証拠だってことをオレは知ってる。
 オレは部活勧誘の奴らに脱いだウェアを放り投げると駆け足で階段を駆け上った。ウェアを脱ぐときなにやら男どもの興奮した声が聞こえたけど、どうだってよかった。誰もいなくなるとどうしても靴底は地面をたたかなくなる。オレはおざなりに足踏みをしつつ屋上から飛び立った。




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 夜。ちょっと住宅地からつきでた丘の上。洋風のでかい屋敷(でかいのはワイズマンが入るスペースを確保するためだ)。噴水の水音。庭園の植え込みから、もう虫の鳴き声がする。東に回りこんで、オレはアイツの部屋の窓、ひとつだけカーテンがかかっていない窓に近づいた。こういうのは、夢と同じだな。
 たしたし、と窓ガラスを叩く。リアラはオレに気づくと、少しだけ頬を染めた。部屋の中はすでに明かりがない。代わりに、だいぶ満月に近い月が部屋の中を照らしていた。
 内側から錠がはずされる。窓を引き、制服と明日の分の教科書が入ったバッグを投げ込んで、オレは隙間から滑り込んだ。リアラは白い、ゆったりとしたひとつながりのナイトローブを着ていた。


 すん。


 「いい匂いがする」


 シャンプーの、せっけんとカモミールの匂い。リアラの頬に触れると、吸い付くようにしっとりとしていた。ベッドのふちにリアラを座らせる。自然と睫が伏せられていって、キス。そのままもたれかかるようにしてゆっくり押し倒していく。


 「ん…」


 キス。


 「…っ、ふ」


 くっついたくちびるが離れるたびにちゅっ、ちゅ、と音がする。布越しにつたわる熱をオレは手のひらで探った。




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 「ワイズマンさまは計画は失敗だったのではないかとおっしゃっている」
 「ふーん」


 今夜はお互いを愛撫するだけで満ち足りた気分になった。リアラの下着とオレのスウェットパンツが、丸まって向こうに追いやられている。


 「思ったよりビジターが集まらないとおっしゃっている」
 「ふーん」


 ヒトなら誰でもナイトピアを生み出せるわけじゃないからな。ビジターになれる素質をもった人間は少ない。イデアを失くしていない、純粋な心が必要だからだ。やっぱりエリオットとクラリスは珍しいケースだったんだな。ナイトピアは経験と共に成長するけど、あいつらのトシぐらいの奴らって、すでにイデアを失くしちまってるのが大半だ。


 「現実での仕事が無駄ならわたしたちはまた夢に戻る」
 「そーなるな」
 「そうしたら…」


 リアラは枕に顔をうずめた。


 「なんだよ」
 「………」


 こういうとこ、いつまでも変わらないな。夢の中でも、現実世界でも、リアラはリアラだった。公のカオは精悍なくせに、プライベートだととことんシャイだ。
 オレは奴のあたまをなでなでしてやった。
 リアラはにじ、とみじろぎして、言った。


 「……そうしたら、また、一緒に暮らさないか」


 オレはすぐには答えられなかった。リアラと暮らすのはそりゃあ嬉しいけど、その喜び以上の束縛がオレを待っていそうだったから。


 「リアラとふたりで暮らすのか?いいじゃん!最高だな!」
 「ナイツ」


 やっぱりまだ何かいいたそうなリアラをキスで封じた。るっ。舌を無理矢理差し入れる。リアラは驚いて身体を硬くした。ちゅ、ちゅる、ちゅ。鼻にかかった吐息。リアラの身体がとろけるまで、オレは舌を絡め続ける。


 「…ぷはっ」
 「は…ぁ、はぁ…」


 飲みきれなかった唾液がくちびるをつないで、切れた。リアラの潤んだ瞳がオレをみつめていた。


 「もっと欲しくなっちゃった?」
 「バカが!」


 リアラは真っ赤になり、そっぽを向いてリネンを引き寄せ巻きとってしまった。おいおい、オレタンクトップ一枚っきりなんですけど。こんな格好じゃ、まだハダ寒い季節なんですけど。
 とにかく、めんどくさい話は避けられたんでよかった。オレはリアラが巻き取った分のリネンをはぎとってくるまり、奴の丸まった背中を抱きしめた。


 「おやすみ」
 「…おやすみ」


 夢だろうが現実だろうが、どんなに距離があったって、オレたちはつながってるし、オレはそれでいいと思うんだけどなあ、と、オレはリアラの体温を感じながらまぶたを閉じた。









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