リアラさんがひとりえっち 眠れない。自分は眠りを求めているのに身体は疼くばかりで眠りを欲していない。眠ろう、眠らなければと思いつめれば思いつめるほど頭の芯が冴え冴えとするばかりだ。まったく眠れない。雨がうるさい。リアラは力を抜き、瞼を無理やり閉じ続けるのをやめ、天蓋の隙間から見える滝の裏側のような窓をぼうっと眺めた。 --- 最後に彼に会ったのはいつだったか。そのとき彼はいつもどおりめまぐるしく楽園を飛び回っていたかと思えば、ふわりと優雅にアクロバット飛行をしてみせ、得意げに口角をあげて笑った。意味のなくなったキャプチャーが太陽の光を浴びてきらっと反射した。 『また捕まえにきたのか?』 違う。そう返すと彼は無防備にも接近してきて、それがいかにも自然なことのように、リアラの隣に腰を下ろした。彼は二言三言喋った。リアラはそれに答え、二人の間でしばらくたわいもない会話が続いた。リアラは内容をよく覚えていなかった。重要な内容でなかったから覚えていないのでなくて、言葉のやり取りが途切れないようにするのに必死で、自分が何を喋っているのかすら分からないような状態だったのだ。リアラの心臓はばくばくと無駄に強く血液を送り出していた。 彼はリアラからこぶし二つ分も間を空けないような距離で、ぺらぺらと意味のない言葉をつむいでいた。リアラは適当にあいづちを返していればよかった。リアラはなるべくナイツのほうを見ないように、真正面を直視し続けた。 突然、視界にシルクの手袋が突っ込まれ、それが上下にブンブンと振られた。 『アンタ聞いてんの?』 彼は身体をかがめてリアラの膝あたりから彼の顔を見上げた。 『リアラは自分の話しをしないよな』 いつも話してるのはオレばっかり、と彼が頬を膨らませる。 『どうして?』 『それは…』 顔が近い。彼の長い睫が頬を擦りそうだ。近すぎる。リアラは彼が境界線を踏み越えるのを感じた。とうとう自制がきかなくなり、リアラは彼の柔らかい頬に手を添えて唇を重ねた。ぽかんとしている彼に、貴様といるとキスをしてしまうからだと告げた。尻すぼみで、情けないほどか細い声しかだせなかった。目をあわせられなかった。いまやリアラの膝を枕にして空中に寝そべる彼は、目を細めてニヤニヤと笑っている。 『それ以上のことも、だろ?』 そして… --- リアラはシーツの上で膝をかかえて丸まった。指先で唇をなぞる。今から自分は何をしようとしているのだろう。 「…は…、…」 シャツの下に片手を滑り込ませる。皮膚越しに伝わる振動を、鼓動を意識する。確かに動いている。手のひらをスッっとずらすと、左胸の上でゆるく芯を持ち始めたそこに触れた。指の腹で押しつぶして転がす。彼の手を思い出す。すると頭にカアッと血が上り、リアラはため息を漏らした。ひたひたと欲望が徐々に体中をめぐっていくのが分かる。腰の辺りに鈍い熱を感じて、彼は唇に這わせていた片手で太ももをつかんだ。そうしてじりじりと内股に刺激を近づけていく。 人差し指と親指で胸の突起を強くねじったとき、反射的に彼の背は弓なりに反った。 彼なら。名前を呼びたかった。窓の外は雨が降っていた。リアラは自分で自分の身体を触りながら満たされない感情を味わっていた。わかっていたことだ、彼はリアラを「誰かにする」よりも「誰かにされる」ほうがより満たされるように変えてしまった。そしてその「誰か」というのは彼しかいなかった。彼がそうしたのだ。彼にされるのが一番感じるように変えてしまった。一番高みへいく方法は彼しか持っていなかった。 それなら。 「……ん…」 リアラは無意識のうちに彼の動きを脳の内側で反復していることに気づく。彼はリアラを焦らして焦らして、どうしようもなくなった彼に懇願させるのが好きだった。リアラは胸を強く刺激するのをやめ、指先でわずかに撫でるようにするだけにしてみた。そこから感じるものは優しすぎたが、それはまさしく彼のお気に入りだった。彼に触れられているみたいだ、そういうもどかしさを積み重ねて、最後には自分の意識を真っ白な光にさらわせる彼。 もう片方の手を、足の間の、もっと奥まった場所へ。けれどもすぐに挿入するようなことはせずに、周辺を軽くなぞるだけ。リアラはリネンの中で寝返りを打ってうつぶせになった。シーツに胸をゆるゆるとこすりつける。腰を少し上げるような格好になり、羞恥の波が押し寄せる。早く終らせたい、それなら強い刺激を与えてすぐに上り詰めてしまえばいい。しかし、リアラは彼の幻影を追うことをやめられない。 荒い呼吸を枕に押し付けて殺していると、背後で彼がくすくすと笑う気がする。 「…ふ…!…あ…頼…」 脳裏で鮮明にちらつく彼の熱に浮かされた笑み。気持ちいいの?もう欲しいの?それじゃあ… 中指を滑り込ませる。自分以外には誰もいない寝室で、もっと強く、と、幻の彼を求める。どうせそれを行うのは自分だというのに、妄想の中でさえ彼の意思がなければ頼りなくて壊れてしまいそうだった。彼は、最初のほうこそリアラを気遣うようにゆっくりと動いてくれる。だがリアラはそのまま優しいふりを続けてくれるほど彼が辛抱強くないのを知っている。 (ねえ、もっとしてほしいんだろ?強く?激しく?) そしてリアラの答えなど待たずに激しく彼を揺さぶるのだ。リアラは頭の中の彼に必死で頷きながら後ろで三本に増やした指を激しく抽送した。いやに素直だねと、それすら幻の彼が指摘する。そうだ、貴様はいないのだから。今この状況を神の視点から見下ろす冷静な自分がいる、それを振り払いリアラは自分の指を彼のそれだと思い込もうとする。目をぎゅっとつぶり、枕に顔を押し付けてこらえきれない叫びを殺す。“彼の”それが何度も何度も内側のしこりばかりを擦って、抗いきれない波が押し寄せる。執拗にいじめられた胸がシーツに擦れて焼ききれそうだ。喘ぎの合間に途切れ途切れに聞く人のいない制止の言葉を漏らしてしまうと、彼がまた笑った。涙に滲む視界で、今背後に本当に彼がいるかのように錯覚する。 「う…無、理、だ…!」 まさか。めちゃくちゃにされたいくせに。 「…ナイ、ツ、……!」 存在しない彼の息遣いを感じる。彼の脈動を、彼の言葉を。焼けるように熱い身体が、彼の許可を求め震える。もう限界なんだろ?イっていいよ。自分に覆いかぶさった“彼”が耳元で囁く。待ち焦がれていたその言葉に合わせて動きが早くなる、瞬間、リアラの回路で稲妻が弾けた。 --- しばらくリアラはクッションに縋ってリネンの中で胎児のように縮こまっていた。情事の後の甘い匂いが鼻をなでる。でもそこに彼を感じることはできなかった。また彼を妄想につかって自らを慰めてしまった。しかし恋しく思っているときに限って自分から会いにいけないことのほうが子供っぽく情けなく思え、リアラはぎゅっと自分の身体を抱きしめた。雨はまだ降り続いている。 |