ずぼん 気を惹きたい






 最後のセカンドレベルを倒したナイツはまっすぐにリアラの元へ向かった。全てに赤と黒のチェックが貼りついた空間にリアラの座っている玉座は紛れてしまい、見つけるのは困難だった。右往左往した挙句、彼はやっとリアラの玉座を見つけた。
 後ろに回りこんでも気づかれなかった。いつもなら自分が向かってくるのを異空間にいても察知するやつなのに。頬の筋肉が釣りあがっているあたり、なにかとてもいいことがあったのだろう。
 リアラは何かの文書を見ていた。さきほどのセカンドレベルが倒される前に送ったものだった。ナイツは要領よく必要事項をまとめるリアラの指先を見つめていた。ワイズマンに報告へ行くようだ。リアラは最後にサインをすると文書を抱えて席を立った。


 「なにしてんの」


 ナイツはまったく気づかずに行かれるのは癪だったので声をかけた。即座にリアラは反応した。いままで自分がここにいたのに気づかなかったのが意外らしい。お前は有頂天になると無防備になるんだよ、とナイツは思った。時計台の上空でもそうだったじゃないか。
 肩の傷が目に入った。まだかさぶたがはがれきらずにいて跡にはなっていなかった。ナイツはそれを痛々しく感じ 手で覆い隠す。


 「お前にかまけている暇などない」


 肩に置いた手を振り払ってリアラは飛び立ってしまう。ワイズマンの下へ。
 報告しに行っても、嘘を言ったなと罰を与えられるに違いない。ナイツはリアラの身体にワイズマンの跡が増えるのが嫌で、その背中を追いかけた。


 「私に構うな。この場でキサマを拘束してやろうか」
 「どうせワイズマンのところへいくんだろ?また怒られるだけなのに」


 リアラの背が遠ざかるのをやめた。


 「オレに隠れて新しいナイトピアを侵攻しようとしてたなんて知ってる」


 さっきまで主人に朗報を伝えられると浮き立っていたリアラを突き落とす。落ちて来い、ここまで。ワイズマンのところなんて行くなよ。


 「セカンドレベルは全部倒した」
 「なに…」
 「ワイズマンはカンカンなんじゃない?せっかく削った生命力が無駄になった。お前はまたやりなおしなんだ」


 海をたたえた瞳が揺れている。それは自分を素通りして誰かを見ている。


 「ああそうやってワイズマンのことを考えているだろう」


 ナイツは首を振り、手を広げた。少々演技ぶった動作だとは思ったが、自分を注目してほしかった。
 彼は固まったままのリアラに寄り添った。リアラは呆然としていてなんの反応も示さなかった。さきほどの肩の傷に触れるとリアラはぴくりと肩を跳ねさせた。振り払われないのでそのまま傷をなぞる。罰の跡だ。この傷がリアラを縛っているのだろうか。


 「この傷は新しいな、ヘレンたちを助けたときのお仕置き?」


 リアラは答えなかった。


 「お前は何故私の邪魔をするんだ」


 その問いは侵略を有利に進めるために、障壁を取り除くためにしているのか、それとも自分に興味を持っているからしているのか、ナイツにはわからなかった。


 「リアラがワイズマンのことばかり考えているから…」


 「……」


 「お前の行動理由はどうしたらご主人様に頭をなでてもらえるか、だけじゃないか。オレを拘束するときでさえあいつのことを考えているんだ。オレがどんなにお前があいつに愛撫されるのを妨害したってお前はあいつのことしか頭に無いんだ。オレはそれが気に食わないんだ!オレはあいつを消し去りたい!お前がオレのことを考える余裕も作らせないあいつを!」


 言っているうちにナイツは自分の言葉が自分をけしかけているのを意識した。衝動を止められなくてナイツはリアラを玉座まで吹き飛ばした。
 たたきつけられたリアラが起き上がる前に飛びつき、二の腕を押さえつける。肩の傷が目に入った。一番新しい傷。ワイズマンの跡。こんなものがあるからお前は。


 「あ…」


 傷に噛み付いた。口の中に広がる錆びた匂いと鉄の味。


 「お前がこの傷を見るたびにオレを考えるようになるといい」


 ナイツは彼の傷を周りの肉ごと抉り取ってやるつもりだった。しかしリアラが傷口が開いた痛みに顔をしかめたので、そんなことはできなかった。傷つけようなんて思ってない。あいつの跡を上書きして消したいだけなんだ。


 何度も噛んで、流れる血を見ていたら、涙腺の奥からなにかがあふれてきて、気がつくと泣いていた。


 「好きなんだ」


 ワイズマンを消しても傷は残るのだ。ナイツはやはりリアラに自分の入る隙ができるのを待つしかないのだった。
 ナイツは何度も繰り返し言ったが、リアラに聞こえたかはわからない。震えていたし、涙が邪魔でうまくいえていなかった。ただリアラが自分をはねのけずにじっとしているので、彼はずっとリアラの胸に縋り、あふれる感情がおさまるのを待っていた。










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