ずぼん 奇妙な未来






**annotation**
キャメランはジャックルの弟子








 「ジャックルさま、キャメランはこんなに強くなりました」


 シルクハットを被った少年と、男。男の顔は暗くてよく見えない。ただナイルブルーの眼光が闇に落ちた姿に炯炯たるばかりである。双方ともマントをまとっていた。周囲の床にはタロットカードと、トランプがちらばっている。
 マントをまとった後姿は普通だったが、少年の顔は緑色をしていた。肌が緑色をしているのである。緑青色のウロコに覆われた彼の顔から、焦点の合わない目が飛び出ている。一眼レフのカメラのように、それぞれが機械的な動きをしている。彼は脚がなかった。異形のものであった。


 「そうですね」
 「あれこれ大事なことを授けて頂きました、キャメランはこんなに強くなりました」


 少年と男はずいぶんと身長差があったが、男が地べたに座り込んでいるので、顔はほぼ同じ高さにあった。男の両手は頭の上でまとめられている。


 「キャメランのカードはジャックルさまのタロットより強いです」
 「そうですね」
 「あなたは負けたのです」
 「そうですね」


 男は引きつった笑いを顔に貼りつかせたまま相槌を繰り返した。少年のなで肩が不満そうに揺れる。


 「あなたは解雇されるはずだったのです。キャメランがあなたを見出したから主の目を逃れられたのです」
 「そうですね」
 「あなたはキャメランがいなければ星の塵となって闇に消えるはずだったのです」
 「そうですね」


 少年は地面を丸まった尾で叩いた。タロットとトランプが埃と共に舞い上がる。


 男は相変わらず引きつった笑いを浮かべたままである。男の顔はぎらぎらとした巨大な眼と裂けた口しかなかった。男もまた異形のものであった。
 こうして師を鎖でつないで、自分の思うままにできる立場にありながら、少年はまったくその実感がわかなかった。明らかに少年の魔術のほうが強くなったのに、少年はまだ遠く師匠に敵わない気がしてならなかった。少年の声は震え、嗚咽が混じりはじめた。


 「あなたの役目は終わった」
 「………」
 「キャメランなしに存在できないのです」


 唇をかむ。少年は一歩前に進み、男に近づいた。少年の脚のない胴が男のマントの裏地を踏む。


 「キャメランはもうあなたを好きにできます」


 少年は尾を男の腰にまわした。一匹のカメレオンが異形の男に絡まっている。男は何も言わないが表情を崩さない。


 「ひとことおっしゃってください!」
 「そうですか」
 「ああ!!」


 カメレオンは牙のない口をあけて男の首飾りを舌で巻き取り、彼の身体をもそのまま丸呑みした。




 ---




 キャメランは水路に横たわっていた。片方の眼が水につかっている。水路のそこのぬかるみが口内に入っていた。キャメランはそれを吐き出した。観葉植物の上でうたたねをしていたら堕ちたのだと思う。夢の内容はもう覚えていない。ただ正体のつかめない罪悪感が重く胸にのしかかってきてキャメランは荒い息をついた。


 「ジャックルさま…」


 レッスンの時間にはまだ遠かった。キャメランは涙をぬぐって、ドロドロになってしまったタキシードを脱ぎ、たたんでイスに置いた。マントをラックにかけておいたままでよかった。一張羅なのだ。


 「ジャックルさま…」


 キャメランは師に逢いたかった。時間よりだいぶ早いけれど、出向いたら迎えてくれるだろうか。実習まではポーカーなどして、相手をしてくれるだろうか。いや、相手などしてくれなくてもよかった。ただ逢いたかった。顔を見たかった。声を聞きたかった。
 夢の中でキャメランは師匠に大分失礼なことをしてしまった…失礼ではすまないことをしてしまった気がする。


 キャメランはクロゼットの中からトランプ模様のタキシードを引き出した。あと30分したら向かおう。キャメランは師の好きなチョコレートのボックスをステッキを振って浮かせ、うんうんとうなづいた。









  戻る